高齢者を悩ませる代表的な症状の一つとして便秘が挙げられます。高齢のご両親がいる方は、親御さんからの便秘症状の訴えに悩まされることもあるのではないでしょうか。本記事では、高齢者の便秘の原因や対処方法等について説明していきます。「高齢になる親が近頃便秘気味だけど、どう対応していいかわからない」といった悩みがある方は、本記事をお読みいただければと思います。
目次
高齢者に多い便秘とは
まず初めに、便秘の定義について説明します。便秘とは、「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態」を指します。具体的に述べると、慢性便秘症診療ガイドライン2017では以下の診断基準となっています。
「便秘症」の診断基準
以下の6項目のうち、2項目以上を満たす。
a | 排便の4分の1超の頻度で、強くいきむ必要がある。 |
b | 排便の4分の1超の頻度で、兎糞状便または硬便(BSFSでタイプ1か2(※1))である。 |
c | 排便の4分の1超の頻度で、残便感を感じる。 |
d | 排便の4分の1超の頻度で、直腸肛門の閉塞感や排便困難感がある。 |
e | 排便の4分の1超の頻度で、用手的な排便介助が必要である(摘便・会陰部圧迫など)。 |
f | 自発的な排便回数が、週に3回未満である。 |
BSFS:ブリストル便形状スケール(※2)
※1 ブリストル便形状スケールという便の硬さと形状を表す指標があり、タイプ1は硬くてコロコロした木の実のような便を、タイプ2はいくつかの塊が集まって形作られたソーセージ状の便をそれぞれ表す。
※2 1997年にイギリスのブリストル大学で提唱された便の硬さや形状を表す指標であり、便の性状が7段階に分類されている。タイプ1~2は硬便であり、タイプ3~5は普通便、タイプ6~7は下痢便とされている。
上記の診断基準に照らし合わせると、排便が毎日あっても便秘症の基準を満たすことがあります。強くいきむ習慣がある方、硬便が多い方、残便感を感じる方は自分が便秘症の基準を満たしていないか、一度確認されると良いでしょう。
日本内科学会雑誌第109巻第2号.慢性便秘症診療 ガイドライン2017 – J-Stage.https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/109/2/109_254/_pdf/-char/ja,(参照 2023-04-17)
高齢者の便秘の原因4つ
高齢者の便秘の原因として、以下の4つが挙げられます。
①便秘を感じにくくなる
②腸の動きか弱くなる
③筋力の衰えにより、便を押し出す力が弱くなる
④食事の量が少ない
それぞれについて、具体的に説明していきます。
便意を感じにくくなる
高齢者の便秘の原因として、便意を感じにくくなる点がまず挙げられます。
便意を感じるメカニズムについて説明します。大腸にある便が直腸まで移動すると、直腸の壁に刺激が伝わり、その刺激が骨盤神経を通じて大脳まで伝達され、最終的に大脳が刺激されることで便意を感じるようになります。しかしながら、便秘を感じているにもかかわらず、排便を我慢する、あるいは排便をしない状態が多いと、大脳に便意を伝える神経の働きが弱まり、結果として便意を感じにくくなります。
高齢者では、便意を感じても排便を我慢してしまう状況が多々あります。例えば、入院が続いてオムツ生活になり、羞恥心から排便を我慢してしまう、または直腸に便が溜まっても、身体能力の低下によりトイレまでの移動が一苦労で、トイレに行きづらい生活が続いているなどの状況があるでしょう。このように、便意があっても排便を我慢してしまうと、便意を感じにくくなり、便秘が起こりやすくなります。
腸の働きが弱くなる
また、腸の働きが弱くなることも高齢者の便秘の原因となります。
排便をするためには、腸の蠕動運動で便を直腸まで移動させることが必要になります。腸の蠕動運動は自律神経である副交感神経の働きによって起こりますが、高齢になると、この副交感神経の働きが弱まり、腸の蠕動運動が低下します。
また、腸内環境も腸の蠕動運動と密接に関係しています。腸内にビフィズス菌などの善玉菌があると腸の働きも活発になりますが、高齢になると腸内環境が悪化し、善玉菌が減少して腸の働きが鈍くなってしまい、便秘が起きやすくなります。
筋肉の衰えにより、便を押し出す力が弱くなる
筋力低下も便秘の原因となります。
排便をする際、直腸に溜まった便を肛門から出す際には、いきんで腹筋や背筋、横隔膜を使って腹圧を高める必要があります。高齢になると、筋力が衰えることが腹圧を十分高めることができなくなり、排便の際に必要ないきむ力も弱ってしまいます。これにより、便を押し出す力が弱くなり、便秘が起きてしまうのです。
食事の量が少ない
高齢になると少食になりがちですが、食事の量が少ないと便秘になりやすくなります。
硬便よりも軟便の方が肛門から出しやすく、この便の硬さには水分量が大きく影響します。高齢になり少食になると、便のカサが減ったり、摂取する水分量が減少して硬便になったりして、結果として便秘傾向になります。また、食事で摂取する食物繊維は腸の蠕動運動を活発にしますが、こちらも高齢になり摂取量が少なくなることで、腸の蠕動運動が低下して便秘が生じやすくなります。
高齢者に多い便秘の症状
高齢者に多い便秘の症状としては、下腹部痛や腹部膨満感、吐き気、嘔吐、残便感などがあります。腸に便が溜まることで、便を押し出そうと腸の蠕動運動が亢進し、下腹部痛が生じます。また、便が溜まることで腸のガスも溜まりやすくなり、腹部膨満感が出現し、腹部膨満感により嘔気や嘔吐が出現します。
便秘になることで食欲不振を招き、栄養状態が低下して身体の機能が低下することがあります。また、便秘により排便時のいきみが強くなることで血圧が上昇し、脳卒中や心血管疾患のリスクが上昇すると言われています。
便秘は精神的影響も及ぼします。便秘により腸内環境が悪化すると、セロトニンの分泌が減少します。セロトニンは精神的な安定をもたらす作用があるため、セロトニンが減少することで精神的に不安定となり、イライラなどが起きやすくなります。
高齢者の便秘の対処方法
では、高齢者に対する便秘の対処方法として、どのようなものがあるでしょうか。対処方法として、便秘に効果的な食生活を取り入れることや、生活習慣を見直すことが挙げられます。それぞれについて詳しく説明します。
高齢者の便秘改善に効果的な食事
高齢者の便秘改善には、食事に気をつけることが重要です。効果的な方法としては、以下4つが挙げられます。
①毎日3食、決まった時間に適量を食べる
②食物繊維、ビタミンを十分に摂取する
③良質な油を摂取する
④食事以外にも水分摂取をする
それぞれについて、具体的に見ていきましょう。
毎日3食、決まった時間に適量を食べる
便秘改善には毎日3食、決まった時間に適量の食事を摂ることが重要です。3食規則正しく食事することで、身体のリズムが整い、また胃や腸を刺激する時間を多くすることで腸蠕動が活発になり、排便が起きやすくなります。朝食は特に重要であり、朝食を摂ることで朝のうちに腸の動きが活発になり、午前中に排便が起きやすくなります。
食物繊維、ビタミンを十分に摂取する
食物繊維やビタミンを十分に摂取することも重要です。食物繊維の摂取は腸の蠕動を活発にし、便秘改善に役立ちます。ただ、便秘の方が「不溶性食物繊維」を摂りすぎると便のカサが増えすぎてしまい、便が大腸を通過しにくくなり、かえって便秘が悪化することがあるため注意が必要です。また、ビタミンB群やEは腸の蠕動を活発にする作用があり、ビタミンCは便を柔らかくする作用があります。これらのビタミンは便秘解消に効果的です。そのため、ビタミンの摂取も心がけた方が良いでしょう。食物繊維やビタミンを含む食材としては、人参やジャガイモ、カボチャなどが挙げられます。
良質な油を摂取する
便秘改善には良質な油を摂取することもおすすめです。良質な油は腸の蠕動運動を活発にし、また小腸で完全には吸収されないため大腸で便の表面に付着して潤滑油として働き、それにより便が直腸まで移動しやすくなります。摂取をお勧めする良質な油として、えごま油、ココナッツオイル等が挙げられます。
食事以外にも水分摂取をする
食事以外の水分摂取も便秘改善に役立ちます。水分を多めに摂取することで便が柔らかくなり、また水分摂取自体も腸の蠕動を促すため便が出やすくなります。また、高齢者の場合、若年者と比べてのどの渇きを自覚しにくくなっており、軽度の脱水状態になりがちです。そのため食事以外の時でも、意識的に水分を摂取するよう心がけましょう。具体的には、起床時にコップ1杯の水を飲む、のどが渇いていなくとも2~3時間ごとにこまめに水分補給を行うなどを心がけると良いでしょう。
生活習慣の見直し
生活習慣の見直しも便秘改善に役立ちます。具体的な方法として、以下2つが挙げられます。
①規則正しい生活リズムを作る
②適度な運動を心がける
それぞれについて、具体的に説明していきます。
規則正しい生活リズムをつくる
便秘を改善するためには、規則正しい生活リズムをつくりましょう。排便には自律神経が密接に関わっており、自律神経を整えるには規則正しい生活リズムが重要になります。毎日決まった時間に起き、決まった時間に寝て、食事もなるべく同じ時間帯に3食摂取するのが良いでしょう。夜更かしや睡眠不足は自律神経の乱れを引き起こし、それにより排便リズムも狂ってしまう可能性があります。規則正しい生活を心がけて排便習慣を作ることが大切です。また、排便リズムを乱さないために、排便を我慢しないことも大切です。
適度な運動を心がける
適度な運動も重要です。排便時は腹筋等を使って腹圧を高める必要があると先に述べましたが、運動をすることで排便に必要な筋肉を鍛えることができます。また、運動自体も大腸に刺激を与え、腸の蠕動が活発になり排便が起きやすくなります。日々の生活の中で行える運動としては、散歩やガーデニング等があります。高齢者の場合、無理のない範囲で運動した方が良いでしょう。
便秘解消マッサージ3選
便秘を解消する方法として、お腹のマッサージは有用です。マッサージの方法としては、以下3つが挙げられます。
①「の」の字マッサージ
②背中をさするマッサージ
③お腹を押し込むマッサージ
それぞれについて、説明していきます。
「の」の字マッサージ
「の」の字マッサージとは、大腸の走行に沿って手でお腹をさするマッサージ法です。お臍の辺りから 「の」の字を書くように手のひらでお腹をさすってマッサージを行います。これを時計回りに3分ほど繰り返し行い、その後は反時計回りに3分ほど同様に行います。これを行うことで、大腸の蠕動運動が活発になります。
背中をさするマッサージ
続いて、背中をさするマッサージについてです。このマッサージは便が直腸まで下りてきて、便が出そうなときに有効です。腰のあたりから背中を下にさするように手でマッサージをしてみましょう。これにより直腸や肛門に刺激が加わり、排便しやすくなります。
お腹を押し込むマッサージ
握った手でお腹を押し込むマッサージについてです。このマッサージは、S状結腸に溜まった便を直腸側へ移動させる効果があります。握りこぶしで左下腹部の辺りを20~30秒ほど、強めに押し込みます。これを何回か繰り返すことで、S状結腸に溜まった便が直腸に異動しやすくなります。
高齢者の便秘、何日でないと危険?
では高齢者の場合、何日排便がないと危険なのでしょうか。
週当たりの排便回数には個人差があるため、断言できないこともありますが、一般的に1週間以上排便がなく、腹痛や嘔気、腹部膨満感などの症状がある際は腸閉塞を起こしている可能性がありますので、医療機関を受診された方が良いでしょう。
3日ほど排便がなくても、腹痛や残便感、腹部膨満感などの症状がなければ、危険というほどの状態ではありません。
病気が原因で起こる便秘
病気が原因で便秘が起きる場合があります。いくつかの疾患について説明します。
まず、大腸癌が原因で便秘が起きることがあります。大腸癌ができると、腫瘍により腸の通り道が狭くなり、便が通過しにくくなります。腫瘍が小さいうちは便が通過しますが、腫瘍が大きくなると便が大腸を通過しなくなり、便秘になります。大腸癌に伴う便秘の場合、血便を認めることが多いので、血便が出た際は要注意です。
また、パーキンソン病も便秘を引き起こします。パーキンソン病は脳のドパミン神経細胞が減少する病気ですが、自律神経の働きも低下するため、便秘が起きやすくなります。パーキンソン病の症状として安静時のふるえや筋肉のこわばりなどがあり、便秘に加えてこれらの症状を認めた場合は、パーキンソン病の可能性を考慮して医療機関を受診した方が良いでしょう。
高齢者が便秘にならないために、家族ができること
では、高齢者が便秘にならないために、家族ができることとして何があるでしょうか。
基本的には、先に述べた便秘に効果的な食生活を取り入れることや、生活習慣を見直すことに着目すると良いでしょう。高齢のご両親と同居している方であれば、食事を決まった時間に3食提供し、繊維質やビタミン、水分を多めにした食事にすると良いでしょう。
また、一緒に散歩するなど定期的に運動する機会を設けたり、排便を我慢しないよう、朝食後のトイレ誘導を習慣づけたりするのもおすすめです。便秘は身体に様々な不調をきたし、生活の質が低下します。便秘に対して早期発見・早期治療を心がけ、高齢者の生活を守っていきましょう。
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看護師資格修得後、病棟勤務・透析クリニック・精神科で『患者さん一人ひとりに寄り添う看護』の実践を心掛けてきた。また看護師長の経験を活かし現在はナーススーパーバイザーとして看護師からの相談や調整などの看護管理に取り組んでいる。